interview

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都会で見つけた、人生の目標。多忙を極めた末の決断は、家庭を最優先にすべく《志半ばの退職》

 

──ご出身は?

生まれも育ちも北海道で、高校卒業後は地元で自衛官になりました。特にやりたい仕事ではなかったけど、なんやかんや3年くらいはいたんじゃないかな。当時は両親の離婚でゴタゴタしていたから、早く安定した仕事に就いて独り立ちしたかったんです。
だから今でも自衛隊への思い入れは正直そんなにありません(笑)。どちらかというと、ここでの経験を経て、整体師への道に進んだほうがメインなので。

 

──整体師への道?

ええ。というのも自衛官の頃、トレーニング中にケガをしましてね。痛みがひどいときは片足を引きずって歩いていたんですが、病院で治すのも時間がかかるし面倒だからと放置していて。でも、たまたま行った整体でしっかりとケアを受けてみたら、10の痛みが2に軽減された。もう、感動しかないですよね(笑)。
そしてそのときの僕は、ちょうど違う仕事にも挑戦してみたかった時期。ある程度のお金も貯まっていたので、「だったら自分も整体師を目指そう」と決意したわけです。

 

──転職はうまくいった?

はい、転職先を東京に選んだのが正解でしたね。整体セミナーの開催数が多いから学ぶ機会もたくさんあったし、整骨院や整体院でのトレーナー業、介護施設でのリハビリ業などを通して確かな技術も身についた。仕事が順調だから生活も安定していたし、「いつか自分の店を持ちたい」という夢を持つ余裕もできた。
あ、だけど一番よかったと思うのは、今の奥さんと出会えたこと、かな(笑)。

 

──愛妻家なんですね(笑)

間違いなくそうですね(笑)。でも悲しいことに、結婚したあとの僕は仕事が忙しすぎて終電帰りが日常。せっかく子どもも授かったのに、サポートできずじまい。だから奥さんと話し合って、奥さんの実家がある東北に移住することにしました。
しばらくはそこでも整体師として働いていたけど、同じ職業でも田舎になればなるほど収入が減っちゃって。子どもの今後を考えるとこれ以上給料は下げられないので、知り合いがいた工場で働かせてもらうことに。これもまた畑違いの仕事でしたけど、家族のためを思えばツラいことは何もなかったですね。

 

夢を与えてくれた仲間が、突然の失踪。《家計を安定》させるため嘆く間もなくナイトワークの道へ

 

──工場での勤務はどのくらい?

だいたい4年くらいかな。アルバイト程度には整体の仕事もしていましたが、年齢的にもダブルワークがしんどかったので「もう整体はスッパリ辞めて、この先は工場勤めだけでもいいかな」なんて思っていた時代ですね。
ただここで、とても驚くような出来事が起こりまして……(笑)

 

──いったい何が?

僕が33歳のとき、東京で出会った仕事仲間から「札幌で一緒に整体院を出さないか」と誘われたんです。
最初にこの話をもらったとき、やっぱり家族からは「安定性がないからこのまま東北にいたほうが」と反対されましたよ。でも僕だって一度は自分の店を持ちたいと夢見た男。説得を続けた結果、最終的に奥さんだけが「あなたが言うなら」と納得してくれたので、義理の両親の反対を押し切って家族で札幌に移り住むことに。
で、いざ引っ越しを終えて、開業の準備をして、店舗も構えて、さあオープンですとなったタイミングで、仲間の彼がいなくなっちゃって。すべてを捨てて、突然に。まあ彼は経営者、僕は実働部隊として動いていたので、おそらく彼の資金の底がついたんでしょう。まさに急転直下でしたね。

 

──そんな……。

もちろん、店はつぶしましたよ。そりゃあ店を持つ夢はありましたけど、今回は彼の意見も取り入れての店なわけで。どうせ1人でやるなら、イチから自分でやりたいじゃないですか。だからこのタイミングでわざわざ危険を冒してまでもやる必要はないかなって。というかそんなことよりも、一番の問題は「僕の給料は?」ですよね(笑)
とにかく必死に探しましたよ。この件で整体関連はもうこりごりだったので、経験がなくてもなんとかなって、なおかつ給料がいい仕事を(笑)

 

──お金は大事です(笑)

とはいえ、ハローワークや求人雑誌を見ても、高収入の仕事はなかなか見つからない。だからインターネットで《給料が高い仕事》と検索したら、そこで初めて『ラブファクトリー』が出てきたんです。募集要項を見て、未経験でもオッケーだし給料もよかったしで、とりあえず応募。採用していただき、現在に至ります。
まあ今だから言えるけど、正直このときは給料の高さに釣られただけで、本格的にがんばろうという気持ちはまったくなく(笑)。とにかく早く働いて稼いで、生活の基盤を築きたかった。家族を安心させたかった。それだけでしたね。

 

働くテーマは《うちの店に関わる人すべてを幸せに》。愛する家族のために身を粉にして男は働く

 

──初めてのナイトワーク。ご家族の反応は?

入社当初から安定した収入があるので、安心も応援もしてくれています。僕自身としても、特に難しい仕事だとは感じなかったから、やるべきことをやるという感じ。
あ、でも、最初の3カ月間はちょっとキツかったかも(笑)。

 

──それはなぜ?

僕ね、人の名前を覚えるのがすごく苦手なんですよ。本当に失礼な話、ちゃんと覚えきるまでは女の子を間違えて呼んじゃうことも多くて……。だから、とにかくあいさつをしました。何気ない瞬間から話すきっかけをつくって、「〇〇ちゃんの声はこのくらいのトーン」というのをたたき込んだ。在籍写真と実物の雰囲気の差なんかもチェックして。
そうして70人近い女の子を把握するまでに3カ月。我ながらがんばったと思います(笑)

 

──苦手克服の努力に脱帽!

やっぱりこうして課題を1つずつクリアできるようになると、だんだん仕事が楽しくなってくるんですよ。応募の理由が「給料が高いから」ってだけだった僕ですら、今ではちゃんとやりがいを持って働けていますし(笑)。
ちなみに今は、《うちの店に関わる人すべてに幸せになってもらいたい》が僕のテーマですね。

 

──と、いうと?

この業界、女の子は「稼ぎたい」、お客様は「楽しく遊びたい」、店は「売上を立てたい」と、目的がバラバラ。それぞれの要望を叶えるための明確な指標もありません。とはいえ、女の子がいてお客様がきてくれるからこそ、店がある。だから僕は、全員が満足できるような対応を目指しているんです。
そのためにも、まずは個々にヒアリングして、コミュニケーションもしっかり取ることが必要。難しい課題だけど、うまくいったときのよろこびは大きいですからね。

 

──応援しています! では、今後の目標は?

店の売上をつくるとか、お客様をたくさん呼ぶとか、女の子にもっと稼いでもらうとか、そういうところかな。個人的な達成感というよりは、まずは店をよくしていきたいなと。それに、店が繁盛すれば自ずと僕の生活も安定するし(笑)。そして、ゆくゆくは店長などの責任者にもなれたらうれしいですね。
あとはやっぱり、ここまで僕を支えてきてくれた家族に恩返しがしたい。一緒に過ごす時間を増やして、収入も増やして、余裕のある生活を送らせてあげたい……。一家の大黒柱として、これからもバリバリ働きますよ!